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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2366号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

株式会社日立製作所

右代表者代表取締役

三田勝茂

右訴訟代理人弁護士

橋本武人

ほか六名

被控訴人(附帯控訴人)

田中秀幸

右訴訟代理人弁護士

川口巌

ほか四〇名

主文

原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴部分を取り消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求(当審における拡張部分を含む)を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という)代理人らは、主文同旨の判決を求めた。

二  被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という)代理人らは、「1本件控訴を棄却する。2附帯控訴に基づき原判決主文第二ないし第四項を次のとおり変更する。(一)控訴人は、被控訴人に対し、金五四四一万六二九六円及び内金一三三〇万一四九三円に対する昭和五一年一〇月二〇日から、内金四一一一万四八〇三円に対する昭和六〇年九月五日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。(二)控訴人は、被控訴人に対し、昭和六〇年九月から毎月二八日限り各金三六万二一五〇円及び右各金員に対する各支払日の翌日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。3訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決並びに右第2項(一)、(二)につき仮執行の宣言を求めた(なお、右第2項(一)、(二)の各金員請求のうち、原審における請求額を超える部分は、いずれも当審で従前の請求の趣旨を拡張したものである。)。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  被控訴人

1  賃金等の支払請求について

(一) 昭和四二年一一月から同五一年九月分まで合計一三三〇万一四九三円(原審請求分)

請求の原因は、従前主張した(原判決請求原因(三)の1ないし5)とおりである。

(二) 昭和五一年一〇月から同六〇年八月分まで合計四一一一万四八〇三円

内訳は、別紙「賃金計算書(一)、(二)」のとおりである。ただし、被控訴人は、加給においては昭和五三年から、一般昇給においては同五四年から、いずれも一級企画職として扱われるべきである。

(三) 控訴人は、昭和四三年以降について想定すべき職群等級の格付のための評定及び賃金等のうち査定にかかる部分については、いずれも最低に押さえるべきである旨主張するが、右主張は、被控訴人の思想、信条及び正当な組合活動等民主的諸活動を理由とする控訴人の従前の賃金等差別の考え方に立脚するものであるところ、右賃金等差別は、後述のとおり(後記2(四)参照)、不当労働行為に該当し、かつ、労働基準法三条に違背するから、民法九〇条に照らし無効であり、したがつて、被控訴人の格付、賃金等は、従前の賃金等差別の事実にかかわりなく、むしろ、同期生とか平均者のそれを基準として決定すべきである。

なお、後記二、1、(五)記載の控訴人が支払済と主張する金員を被控訴人が受領したことは認める。

(四) よつて、被控訴人は、控訴人に対し、右(一)、(二)の合計五四四一万六二九六円及び内金一三三〇万一四九三円に対する履行期の後である昭和五一年一〇月二〇日から、内金四一一一万四八〇三円に対する履行期の後である昭和六〇年九月五日から各支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに昭和六〇年九月から毎月二八日限り各三六万二一五〇円及び右各金員に対する各支払日の翌日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  本件懲戒解雇処分の無効

(一) 残業義務の不存在

後記二2(一)の控訴人の主張は争う。

個々の労働者は、いわゆる三六協定及び時間外労働を規定する労働協約、就業規則が存するからといつて、使用者に対する残業義務を負うものではなく、使用者の個別の残業申込みに対し諾否の自由を有するものと解するのが相当である。

(二) 残業命令の経緯について

(1)イ 後記二2(二)の控訴人の主張事実のうち「1(1)」の事実は認める。但し選別実績歩留の推定についてfα超特急についても参考にするとの点及び図表2中使用部品の材料精度、測定器精度が「主たる」ものであることは否認する。

ロ 同「1(2)」の事実のうち「二SB三七〇の選別実績歩留低下の原因は、昭和四二年八月四日二SB三七〇の一部(一日につき二ロット)について焼付炉を従来の一九号炉から二四号炉に切り替えた時以降、被控訴人がしたフォローアップ・ケアの不充分、コントロールポイント操作の不完全にある。」とする部分は、従前、「右歩留の低下は同月二八日二SB三七〇全数について焼付炉を切り替えた後における被控訴人の当該行為に基因する。」と主張していたのを変更するものであるが、右新主張は、控訴人が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃防禦方法であつて、訴訟の完結を遅延せしむべきものであるから、却下すべきである。

仮に右主張が適法であるとすれば、「1(2)」のその余の主張事実を含めて、次のとおり認否する。

「1(2)」の主張事実中、昭和四二年七月以降二SB三七〇の選別実績歩留が低下したこと、武蔵工場では、担当者たる被控訴人の意見に基づいて焼付炉を控訴人主張のとおり段階的に切り替えたこと、右切替後である昭和四二年八月五日から九月六日までの間fα超特急の測定値が管理巾を外れるという事態が生じたこと、被控訴人がした焼付炉の温度、S処理濃度及びエージング温度の各変更回数、同年八月二六日から九月一日の間の選別実績歩留が控訴人主張のとおりであつたこと、同年九月四日被控訴人が九月生産(検査完了日で八月一七日から九月一四日までの分)の最終的な選別実績歩留の推定を七七パーセントと報告したこと、同年九月四日から六日までの選別実績歩留が控訴人主張のとおりであつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(イ) 選別実績歩留の低下が被控訴人の不良品解析の手抜き及びコントロールポイント操作の懈怠に基因する旨の控訴人の主張は理由がない。すなわち、

まず、被控訴人が不良品解析を手抜きした旨の控訴人の主張は具体性がない(なお、不良品解析は控訴人主張の二種の観察のみによるものではない。)。

次に、昭和四二年八月四日から九月六日までの間fα超特急の測定値が管理巾を外れるという事態が生じたといつても、それは一九号炉使用分を含めてのことであるのみならず、fα超特急の測定値の状況をどのように評価すべきかについては、当時の技術水準をもつてしては明確にできなかつたのであるから、タイプエンジニアが右状況を選別実績歩留の低下の前兆として認識すべきであつたということは一般的にはいいえても、具体的にこれをどの程度の前兆として考慮し、処置すべきかは個別に検討されなければならないし(現に、控訴人において注意信号が出たと主張する八月二九日以降の焼付に係る分の選別実績歩留は比較的高かつたのである。)、他方、タイプエンジニアの操作すべきコントロールポイントについても、これにどの範囲の事項を含ませるか確定しないで、被控訴人がした操作の回数を数えることは意味のないことであり、また、仮に被控訴人が焼付炉ことに二四号炉の雰囲気を変更しなかつたとしても、焼付炉切替直後においては、信頼できるデータが出揃うまで、設定温度を除いては、軽率に作業条件を変更しないことが望ましかつたといえるのであり、以上を要するに、控訴人において選別実績歩留の低下を被控訴人の責任であると非難しうる何らの具体的根拠もないのである。現に、選別実績歩留は直ちに向上し、一〇月生産月は八一・六パーセントと四月以来最高の数値を示したのである。

(ロ) 被控訴人が昭和四二年九月四日選別実績歩留の推定を七七パーセントと報告するに当つては、焼付先行試作の歩留のみならず、封止先行試作の歩留及び既往の選別実績歩留をも斟酌したのである。その推定が九月四日から六日の選別実績歩留と異なる結果となつたことは事実であるが、当時のゲルマニウム・トランジスターの生産は不確定因子による不良品が出て、歩留が変動する状況であつたため、推定と実績が異なることは避けられなかつたのであるから、被控訴人がした推定が結果的に実績と異なつたことを過大に評価し、これを被控訴人の責任と結びつけて非難することは許されない。

(2)イ 後記二2(二)の控訴人の主張事実のうち「2(1)」の事実は否認する。

控訴人の主張は、計画生産を前提とするものであるところ、控訴人の生産予算なるものは、なんとしてもこれを達成すべき目標ではなかつたのであり、このことは九月生産についてみても、生産予算が四七万五〇〇個であるのに対し、着工数は九三ロット四一万八五〇〇個であり、これではたとえ歩留一〇〇パーセントであつても予算は達成できないことに徴しても明らかであるのみならず、二SB三七〇製造の第一段階である焼付工程に入つてから最終の選別に至るまで約一五日かかるのであるから、生産月の半ばにおいてする選別実績歩留の推定は、その生産月の生産予算を達成するための追加工事には役立たず、計画生産の実現には直接の関連がないのであり、したがつて、残業の緊急性という控訴人の主張は、その前提において失当である。

ロ 同「2(2)」の事実中、石橋和主任の残業命令の点は認めるが、その余の事実は否認する。

選別実績歩留の推定は、焼付先行試作、封止先行試作の各歩留及び既往の選別実績歩留の推移のほか、不良内訳の状況、その推移、不良解析の結果、作業条件の変更による結果、不良対策の状況などを総合勘案して決定しなければならない要素をもち、日々の不良品解析をきちんとやつていても、なお慎重に時間をかけてやらなければならない場合もある。選別実績歩留の推定のやり直しをせよという残業命令の内容も、とうてい残業によつて処理できるものではなかつた。

(三) 被控訴人の勤務態度等に関する控訴人の主張について

後記二2(三)の被控訴人の勤務態度等に関する控訴人の主張は、故意に時機に後れて提出した攻撃防禦方法で訴訟の完結を遅延せしむべきものであるから、却下すべきである。

仮に右主張が適法であるとしても、当該主張事実は争う。

(四) 本件懲戒解雇は、正当な理由根拠がなく、解雇権を濫用してなされたものであるから無効であるのみならず、不当労働行為に該当し、かつ、被控訴人の思想、信条及び正当な組合活動等民主的諸活動を理由としてなされたものである点においても、民法九〇条により無効とすべきである。その理由は、次のとおりである。

(1) 本件懲戒解雇は正当な理由根拠がない。

控訴人は、被控訴人が就業規則五一条一項一二号の「しばしば懲戒、訓戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込がないとき」に該当するとして、本件懲戒処分をしたが、右にいう「懲戒、訓戒」は、具体的には、① 昭和四〇年三月三〇日付の落書事件による出勤停止五日間、② 同四二年一月一〇日付の話しかけ事件による譴責、③ 同年七月二六日付の上長印押捺事件による出勤停止七日間、④ 同年一〇月二日付の残業拒否事件による出勤停止一四日間の各懲戒処分(以下「①、②、③、④の処分」という)であるところ、これらの処分を個別に検討すると、次のような理由から、いずれも根拠もなく懲戒権を濫用した不当不法な処分であり、かつ、各処分自体が被控訴人の正当な労働組合活動等を嫌悪しこれを抑圧しようとする控訴人の不当労働行為意思の下になされたものである。

イ ①の処分について

被控訴人が昭和四〇年三月一七日武蔵工場内にした落書は、控訴人提出に係る乙第三号証に書いたものではなく、別の「落書したい人はこれに書いて下さい」と書かれた紙にしたものであるから、就業規則五〇条一二号の「会社の施設又は構内において許可なく掲示貼紙し」に該当せず、就業規則違反をもつて懲戒処分をすることはできない。仮に、控訴人主張のとおり、被控訴人が乙第三号証に書いたものだとしても、更半紙一枚に鉛筆で書いたことについて、出勤停止五日間の懲戒処分をすることは重きに失するものであり、懲戒権の濫用というべきである。

また、本件落書は、被控訴人が、控訴人の企図する合理化強行に反対し、臨時工の人員整理や配置転換問題と闘わない組合を強くするよう訴えたものであつた。本件①の処分は、控訴人が、このような被控訴人の正当な組合活動等を嫌悪しこれを抑圧すると同時に、落書さえも懲戒処分の対象とすることにより、労働者の不満や正当な要求を抑圧しようとする不当労働行為意思の下になしたものである。

ロ ②の処分について

被控訴人が、昭和四一年一二月八日午後四時三〇分ころ、就業時間中に同僚の木村に話した内容は、自民党議員の汚職事件をとりあげ、同月一一日開催予定の日韓条約反対、国会解散を求める明治公園集会への参加を勧誘したにすぎず、かつ、話しかけた時間が二〇分間というのは、仕事上の話を含めたものであつて、右集会参加勧誘等の話をした時間は、わずか五、六分である。また、被控訴人は、カーブトレーサーを使用して不良品の不良内容を調べる作業をしながら話しかけたものであり、木村も同じ作業を続けながらその話を聞いていたにすぎず、その間仕事が中断したわけでもない。さらに、カーブトレーサーを使用して不良内容を調べる作業は、普通に話しながら十分できるうえ、カーブトレーサーが設置されていた場所は、独立した部屋ではなく作業場所自体が静かな環境ではなかつた。

以上のように、本件②の処分は、他の労働者も日常行なつている話しかけ(私語)という些細な行為をとりあげたものである。控訴人は、業務上何ら支障のない被控訴人のわずか一回の話しかけを理由にして、被控訴人を追及したうえ、反省がないとして、本件②の処分を強行し、かつ、始末書提出を再三要求した。このような経過に徴して、本件②の処分は、被控訴人が当時職場での要求闘争の中心となつて活動し、特に向坂・矢吹(旧姓遠藤)解雇事件の守る会の責任者となり、解雇撤回闘争の先頭にたつて活動していたことを控訴人が嫌悪していたからに他ならず、直接的には、被控訴人が同年一二月一日に東京地方裁判所八王子支部における向坂・矢吹解雇事件の裁判を傍聴したこと及び木村に対する前記「一二・一一集会」の参加勧誘をしたことへの報復である。

ハ ③の処分について

被控訴人は、昭和四二年七月二一日午後四時四五分の定時終了後、職場を離れて組合大会に出席したのであるが、被控訴人に対して残業命令が発せられていなかつたから、控訴人主張の無断職場離脱の責任を問う余地はない。

また、被控訴人は、当日右定時終了後、組合大会に出席し、その後残業をする予定であつたため、上長印の押印のある外出届が必要となつた。ところが、すでに石橋主任と小川企画員(チーフリーダー)は、右組合大会出席のため午後三時四五分ころ職場を離れて不在だつたので、被控訴人は、西村課長の承諾を得ようと捜したが見付からなかつた。そこで、五時少し前になり、当時職場に残つていた最上級職の立古企画員(チーフリーダー)に断り、事実上同人の承諾を得て外出届に石橋の印を押捺して外出したものである。しかも、被控訴人は、組合大会に出席した後、午後七時半には職場に帰つて残業していたところ、午後九時ころ石橋主任に会つたので、同人に対し、立古に断つて石橋の印を押捺したことを話して、同人の事後承諾を得た。このように、被控訴人は、立古に断つて石橋の上長印を押捺し、かつ、職場に戻つた後、石橋主任の承認を得たのであるから、上長印を無断で押捺したものではない。

さらに、当時職場においては、外出届の上長印の押捺は形式的であり、直接主任や課長の押印を受けずに、上長に代つて押印するなど便宜的取扱いがなされていた実態に徴して、被控訴人の本件上長印押捺行為は、日常職場で行われていたのと同様の行為に他ならず、懲戒処分の対象となる行為ではない。しかるに、控訴人は、被控訴人の右行為をあえてとりあげて出勤停止七日間という異常に重い処分をしたものであるから、懲戒権の濫用というべきである。

ところで、被控訴人が、当日午後五時から午後七時ころまで職場を離れたのは、組合大会に傍聴人として出席し、緊急動議を出すためであつた。すなわち、昭和四〇年、四一年の向坂、矢吹、岡崎の不当解雇について、その撤回闘争のため被控訴人は守る会の責任者になつており、この問題は労働者にとつて重要な問題であるのに組合の大会議案書にも入つていなかつたので、松木守と相談して緊急動議として提案しようとしたものである。そして、被控訴人は、組合大会の席上で右解雇問題の重要性を訴え逐条審議を要求した。本件③の処分は、このような被控訴人の組合大会に出席して右解雇反対闘争を訴えた組合活動に対する控訴人の報復であり、正当な組合活動を理由とする不利益取扱に他ならず不当労働行為である。

ニ ④の処分について

前記2(一)(二)のとおり、被控訴人には石橋主任の残業命令に従つて残業すべき義務はなく、かつ、何らの職務怠慢行為もなかつた。さらに当時残業を命ずるほどの緊急性もなかつた。したがつて、本件④の処分は無効である。

また控訴人は、被控訴人のわずか一回の残業拒否を理由として出勤停止一四日間の懲戒処分をしたが、その間、控訴人は、仕事を求めた被控訴人に対し、反省書の提出を繰り返し要求し、九月二一日から同月二九日まで七通の反省書を作成提出させたが、西村課長は最後の一通を除いては受領しなかつた。その理由は、被控訴人をして、残業は最終的には本人の同意を要するという考え方を変更させたうえ、労基法、労働協約、就業規則に違反する異常な長時間残業を無条件で承認させるという不当な意図があつたからである。しかも、控訴人は本件④の処分による出勤停止期間後さらに同月一九日、二〇日、二三日の三回にわたり始末書の提出を要求し、右三回目は本件残業拒否が就業規則に違反することを認め、今後残業拒否をしないことを骨子とする始末書の提出を強要したものであつた。このような控訴人の被控訴人に対する反省書、始末書提出の異常な追求は、本件懲戒解雇の口実をつくりあげるためのものであつた。

以上を要するに、本件懲戒解雇の前提となつた①ないし④の各処分は、いずれも懲戒処分に値しない被控訴人の行為に加えられたものであつて、右各処分は、形式的には存在するものの、その実質的内容に徴して、いずれも違法、無効であるから、①ないし④の各処分は、「しばしば懲戒、訓戒を受けた」ことに該当せず、また、①の処分は本件懲戒解雇の二年七か月以前の処分であり、②の処分は譴責であり、①、②、③の各処分は④の処分の時間外労働と直接関係がないこと等に徴して、これらの各処分をもつて、「しばしば懲戒、訓戒を受けた」ことに該当するものとはいえないことも明らかである。したがつて、①ないし④の各処分は、「しばしば懲戒、訓戒を受けた」ことに該当しないものであるから、本件懲戒解雇は、その前提を欠くものであつて、無効というべきである。

さらに、控訴人は、被控訴人が①ないし④の各処分を受けながら、「なお、悔悟の見込みがない」として、本件懲戒解雇をしたが、前述のとおり、①ないし④の各処分はそれに相当する行為に加えられたものでないから、各処分自体が無効であり、被控訴人には悔悟すべきことは存在しない。したがつて、控訴人が①ないし④の各処分の正当性を前提として、被控訴人に悔悟を要求することは許されない。特に④の処分は、本件懲戒解雇に直結する処分であり、被控訴人が控訴人の要求するような趣旨の始末書を提出しなかつたことを問題として「悔悟の見込みがない」としているが、被控訴人の本件残業拒否は、何ら違法ではないから、控訴人が、右残業拒否を違法として、被控訴人に対し、出勤停止一四日間の処分をし、始末書の提出を要求したことは、いずれも根拠がなく違法である。

しかも、被控訴人は、控訴人に対し、徒らに反抗的態度をとつたことはなく、現に②、③の各処分については、始末書を被控訴人の要求に従つて提出しているし、④の処分に関しては、処分前に反省書を被控訴人の要求に従つて提出し、控訴人はこれを受領しているうえ、処分後も始末書を提出したが、控訴人は正当の理由もなくその受領を拒んだものである。控訴人が、これらの事実を無視して、被控訴人には悔悟の見込みがないと称するのは、もともと根拠のない本件懲戒解雇の口実を設けるためのものにすぎない。

以上のように、控訴人が、被控訴人を就業規則五一条一項一二号により懲戒解雇したことは、全く根拠を欠いて正当の理由がなく、かつ、解雇権を濫用したものであるから、無効というべきである。

(2) 控訴人が、被控訴人に対し、本件懲戒解雇をした真の目的は、控訴人が、被控訴人の労働組合活動を嫌悪し、被控訴人を職場から排除するためにある。すなわち、被控訴人は、控訴人に入社以来、労働者の権利と利益を守り、労働組合を強化するための諸活動を活発に行つてきたが、特に当時、向坂弘時、矢吹(旧姓遠藤)よし子及び岡崎義和に対する解雇に反対し、その撤回を求める運動を中心となつて積極的に進めていた。控訴人は、被控訴人の労働組合員としてのこれらの正当な活動を嫌悪し、それを理由に解雇したものである。したがつて、本件懲戒解雇は労働組合法七条一号に該当する不当労働行為として無効である。

二  控訴人

1  被控訴人の賃金等の支払請求について

被控訴人の主張事実は争う。

(一) 昭和五一年一〇月以降の賃金について

昭和五一年一〇月以降同五七年五月分までの基本給昇給額のうち、一般昇給分は、被控訴人の勤務成績、業務能力に照らし、執務職四級の査定の最低額とするのが相当であるが、控訴人が四〇歳(昭和一六年五月三〇日生)となつた昭和五七年六月分以降については、職群格付の最低保障により標準年令四〇歳の者として職群等級三級に格付することとし、執務職三級の査定の最低額とするのが相当である。個別補整は、仮にこれを付けるとしても、執務職のそれを付加すべきである。また、職群等級の格付けについては、従前主張したような諸基準を総合的に判断して決定するものであるところ、被控訴人が昭和五一年一〇月以降同五七年五月分までの間に昇格することは考えられないから、右期間中は執務職四級に据え置くのが相当であるが、昭和五七年六月分以降は、前記職群格付の最低保障により執務職三級に格付することとする。

また、被控訴人の業務能力、勤務成績に照らし、被控訴人が企画職に編入されることは考えられず、加給及び一般昇給において一級企画職として扱われるべきである旨の被控訴人の主張は失当である。なお、加給率については、昭和五一年一〇月以降同五七年五月分までは執務職四級、同五七年六月分以降は執務職三級の各最低加給率を適用するのが相当であるが、最低保障賃金を保障するため、別紙「会社別表2」のとおり各付加することとする。

職務給については、従来どおり執務職の三職級賃率を適用するのが相当である。

残業手当については、実際に就労していない被控訴人には認められない。仮に認められるとしても、執務職(男子)の月平均時間外勤務時間は、昭和五一年一〇月以降昭和五六年一一月までは三二・三時間、昭和五六年一二月以降現在までは三七・五時間であるから、被控訴人の昭和五一年一〇月以降の時間外勤務時間は、右三二・三時間並びに三七・五時間の七三パーセント(原判決事実摘示第二の二(二)4参照)として計算するのが相当である(別紙「会社別表2」)。なお、深夜残業手当については、通常執務職の場合は殆んど行われていないから、請求は認められない。

(二) 臨時給与については、執務職のそれを適用すべきである。

(三) 昭和五一年一二月以降の一時金について

賞与は、会社に対する功労を報償する意味を含むものであるから、被控訴人請求どおりの賞与を支給すべき理由はない。仮に支給すべきものとすれば、別紙「会社別表4」のとおりである。

(四) 以上を要するに、控訴人に賃金等の支払義務があるとしても、その内容は、別紙「会社別表1ないし4」のとおりである。

(五) なお、控訴人は、被控訴人に対し、原判決の仮執行その他本件紛争に係る判決及び仮処分決定に基づいて、昭和四六年一月分以降同六〇年八月分までとして合計二六〇〇万〇二五六円をすでに支払つているうえ、昭和六〇年九月以降も東京地方裁判所八王子支部昭和五二年(ヨ)第八七〇号事件の仮処分決定に基づいて毎月一五万一二三五円を支払うことになつているので、控訴人が判決言渡時までに支払つているこれらの金員を、被控訴人請求の「判決に至るまでの賃金」から控除すべきである。

2  本件懲戒解雇処分の有効性について

(一) 残業義務の存在

労働関係において、就業規則あるいは労働協約に時間外労働を定めた規定があつて、右規定が労働契約の内容となつており、かつ、労使間に三六協定が締結されている場合には、個々の労働者は使用者に対する残業義務を負うものというべきである。控訴人武蔵工場には、「業務上の都合によりやむを得ない場合には組合との協定により(中略)実働時間を延長(早出、残業又は呼出)することがある。」旨定めた就業規則(六条一項)があり、かつ、昭和四一年一月二一日日立製作所武蔵工場労働組合(以下「組合」という。)との間で、三六協定(有効期間同年九月三〇日まで)が締結されており、該協定の内容は、

「会社は次の場合には協約第三二条の実働時間を延長することがある。

前項により実働時間を延長する場合においても月四〇時間を超えないものとする。但し緊急やむを得ず月四〇時間を超える場合は当月一ケ月分の超過予定時間を一括して予め協定する。

(1) 納期に完納しないと重大な支障を起すおそれのある場合

(2) 賃金締切の切迫による賃金計算又は棚卸し、検収、支払等に関する業務ならびにこれに関する業務

(3) 配管、配線工事等のため所定時間内に作業することが困難な場合

(4) 設備、機械類の移動、設置、修理等のため作業を急ぐ場合

(5) 生産目標達成のため必要ある場合

(6) 業務の内容によりやむを得ない場合

(7) その他前各号に準ずる理由のある場合」

というのであり、これにより個々の労働者は残業義務を負担するものというべきである。

仮りに原判決の説示するように、一般に三六協定上残業を必要とする事由が具体的、個別的に規定されなければならないとしても、本件三六協定の事由の定め方は必らずしも、抽象的、概括的であるとはいえず、労働者は残業について充分に予測が可能であつたものというべきである。また、一か月の残業時間が四〇時間を超える見込みがある場合には、毎月開催される時間外労使委員会の席上、個人別の所属、職名、氏名、その時点までの残業時間、今後の予定時間、累計時間、作業内容及び四〇時間を超えざるをえない理由等を記載した時間外労働申請書に基づき慎重な検討を加えたうえ、個人ごとに協定するというように、きめの細い厳正な手続を履んでいたのであり、このような残業の管理運営の実態からすれば、残業が常態化するおそれもなく、したがつて、本件三六協定の規定の仕方は残業義務を肯認するなんらの妨げにもならない。

(二) 残業命令の経緯

原判決九枚目裏九行目の「1」から同一〇枚目裏二行目の「命じたところ、」までを次のとおり訂正する。

「1(1) 被控訴人の業務

被控訴人の属する前記低周波製作課特性管理係は、ゲルマニウム・トランジスターの特性管理、すなわち、品質の向上及び歩留(良品率)の向上を所管としており、被控訴人は、同係にあつて、ゲルマニウム・トランジスターの特定品種である二SB三七〇及び二SB四四三について、(イ) 不良品の解析とその結果に基づく当該製造工程の担当者に対する所要の作業変更指示(コントロールポイントの操作)をして歩留の向上を図り、また、(ロ) 最終工程である選別工程における良品率である選別実績歩留を推定する業務を主に担当していた。

右業務の内容を二SB三七〇について更に具体的に述べれば、右(イ)の業務は、図表1の各工程中の製品を無作為に抜き取つて、通常の作業日数(製品が製造工程の中心を占める焼付、組立、封止、選別の四工程を通過するのに約一五日間を要する。)を早めて試作したものの品質を一定個数につき一定の頻度で測定した結果、不良品とされたサンプルにつき不良事由を確定したうえ、図表2のようなコントロールポイントの操作を行うものであつた(但し、試作品の測定とこれに基づく記録及び管理グラフへの打点は補助者である女子従業員が行う。)。〈編注・左図表1、2参照〉

次に、前記(ロ)の業務は、不良品の解析とこれに基づくコントロールポイントの操作によつてもなお一〇〇パーセントの選別実績歩留を確保することは不可能であつたところから、各期・各月の生産目標を達成するためどれだけの数着工すべきかを決める必要上、前記図1の焼付先行試作(fα超特急を含む。)、封止先行試作の各歩留と既往の選別実績歩留を総合して、通常の作業日数をかけて工程を流れて完成する製品の将来の一定時期における選別実績歩留を推定するものである。

(2) 被控訴人がした歩留推定

ところで、昭和四二年七月以降二SB三七〇の選別実績歩留が大巾に低下し、これに対し、武蔵工場では、担当者たる被控訴人の意見に従つて、焼付炉を従来の一九号炉から二四号炉に切り替えたが(切替は、同年八月四日以降一日につき二ロット、同月一八日以降一日につき四ロット、同月二八日以降全数)、切替後である同年八月五日、九日、一二日、一八日、一九日、二二日、二九日、三一日、九月四日、五日、六日には、いずれもfα超特急の測定値が予め設定された管理巾の中心値を離れ、上限又は下限を越えるという事態が生じた(いわゆる注意信号を発した)のであるから、被控訴人としては、これをやがてくる選別実績歩留低下の前兆として認識し、そのフォローアップ・ケアを大切にすべきであつたこと当然であり、また、焼付先行試作の歩留低下もはつきり現われていた(叙上fα超特急の数値が注意信号を発し、当該焼付日に対応する焼付先行試作の歩留が低下したのが顕著なのは八月一二日から二二日の期間である。)にかかわらず、被控訴人は不良品の解析(カーブトレーサーによる観察及び解体観察を主とする。)を手抜きしたばかりでなく、被控訴人によるコントロールポイントの操作は、その回数も少く、その事項も限られており、焼付炉の温度変更を一〇回(従前の一九号炉について三回、二四号炉について七回)、S処理濃度変更を九回、エージング温度変更を四回行つたにすぎず(以上は同年八月四日から九月六日までの間についてである。)、もつとも、問題となつている二四号焼付炉に関しては、設定温度の変更のみで、焼付炉内の雰囲気については、何ら処置をしなかつたため、選別実績歩留は同年八月二六日七四、二八日七一、二九日七三、三〇日七三、三一日六九、九月一日六三各パーセントと低下を続けた。それにもかかわらず、被控訴人は、同年九月四日、単に焼付先行試作の歩留(これとても、選別実績歩留が上昇することは期待できない状況であつた。)のみに基づき、封止先行試作の歩留及び選別実績歩留を斟酌しないで、九月生産(検査完了日が八月一七日から九月一四日までの分)の最終的な選別実績歩留の推定を七七パーセントと報告した。

このように被控訴人は、いい加減な推定値を出したのみならず、歩留低下の原因を究明してその対策を講ずることをしないまま放置し、これがため、選別実績歩留は被控訴人の推定値を大巾に下廻り、九月四日六七パーセント、五日六九パーセントと六〇台を辿り、六日になつても七五パーセントにしか達しなかつた(以上のような歩留低下によつて、控訴人は不良品増加による損害、得べかりし利益喪失の損害を被つたほか、間接的には、右が小諸工場への移転遅延の一原因となり、このため半製品が小諸工場と武蔵工場の間を往復することによる損害まで被つた。)。

2(1) 残業の必要性ないし緊急性

前記のような事態は早急に改善すべく、正確な推定歩留値を出して九月生産としての必要量を確保するための対策(歩留の向上によるか又は着工数の増加による)を実施することが必要となつたのであるが、当日被控訴人が残業してこれを行えば、翌日からは、正確な推定歩留値に基づく計画出産に修正することができ、不良対策を製造現場に速かに指示することにより、いずれかの製造工程のなんらかの不良因子の影響を受けた不良品がラインを流れるという事態を防止することができるのであつて、ことは十二分の緊急性を有していたのである。

(2) そこで、被控訴人の上長である石橋和主任は、九月六日午後四時ころ被控訴人に対し、残業をして歩留推定のやり直しをするように命じたのであり、右命令は、前記1の被控訴人自らの職務怠慢、不完全作業が積り積つてどうにもならなくなつたことに基因するものであつた。」

(三) 被控訴人の勤務態度等及びそれと本件懲戒解雇処分との関係

被控訴人の日ごろの勤務態度及び勤務成績は著しく劣悪であつた。すなわち、被控訴人は、仕事に対する熱意あるいは積極性がまつたく認められず、被控訴人のように工業高校を卒業し、入社後七年の経験を有する従業員ならば上長の指示がなくとも自発的に取り組まなくてはならない仕事であつても、具体的に上長から命じられなければなにもやろうとしない勤務振りであつたのみならず、上長や同僚らとの人間関係からみても、職場における協調性に著しく欠けるものがあつたといわなければならない。そして、石橋主任や小川チーフリーダーが再三に亘つて被控訴人に前向きに仕事をするように注意しても、被控訴人は、「日立は世界一の低賃金で、労働者を搾取している。」とか、「自分達の行動は将来の労働者のための捨石になる。」などと公言してはばからず、一人英雄気取りで職場から遊離し、その分だけ他の従業員に仕事の負担がかかつても平気でいるという有様であつた。

更に、被控訴人は昭和四一年一二月八日の行為につき譴責、同四二年七月二一日の行為につき、出勤停止の各懲戒処分を受けた際に、それぞれ控訴人に始末書を提出したものの、その後の勤務態度は依然として不良で、仕事に対する積極性においても、職場における協調性においても、著しく欠けるものがあり、控訴人は、もはや被控訴人に対し信頼をおくことができなくなつた。

ところで、本件懲戒解雇処分は、就業規則五一条一項一二号所定の「しばしば懲戒、訓戒を受けたにもかかわらずなお悔悟の見込がないとき」との事由に該当するものとして行われたものであるが、「なお悔悟の見込がない」との判断にあたつて、控訴人は、昭和四二年一〇月四日の残業拒否を理由とする出勤停止処分以降被控訴人が示した態度、言動はもちろん、再三に亘る懲戒処分にもかかわらず改まることのなかつた前記のような同人の日ごろの勤務態度及び勤務成績をも合わせ勘案したものであり、換言すれば、被控訴人の日ごろの勤務態度及び勤務成績の劣悪は前記条項該当性の判断の資料となつたものである。

(四) 前記一2(四)の被控訴人の主張事実は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被控訴人が、昭和三五年四月一日控訴人株式会社日立製作所に雇傭されて、同社武蔵工場に勤務し、昭和四二年一〇月当時製造部低周波製作課に属していたこと、控訴人は、昭和四二年一〇月三〇日被控訴人を解雇したとして、被控訴人との雇傭契約関係の存在を争つていることは、当事者間に争いがない。

二そこで、抗弁について判断する。

1控訴人が、被控訴人に対し、昭和四二年一〇月三〇日これまで出勤停止三回、譴責一回の懲戒処分を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込みがないとの理由で、就業規則第五一条第一項第一二号に基づき、懲戒解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

2控訴人が、被控訴人に対して行つた昭和四〇年三月三一日、同四二年一月一〇日、同年七月二七日の各懲戒処分(前記①ないし③の各処分)の解雇事由の有無についての判断は、次に付加、訂正するほか、原判決の理由第二項説示(原判決二〇枚目裏一〇行目から同二七枚目表一〇行目までの部分)と同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)  原判決の右引用に係る部分中の「原告本人尋問(第一回)」の前にいずれも「原審における」を加え、原判決二二枚目表四行目の「後日」を「同月二六日午後」に改め、同八行目の「二七日、」を削除し、同二四枚目表七行目の「同月二三日、」の次に「湊勤労課長及び石橋主任らが」を加え、同二四枚目裏末行及び同二五枚目表一行目の「顕著にし」を「示し」に改め、同二五枚目裏八行目の「原告は」の次に「、同日午前中」を、同二六枚目表四行目の「原告は」の次に「、石橋主任が右組合大会に出席するため席を離れた後に至り、」をそれぞれ加え、同二六枚目表七行目の「一応同僚に断つて」を削除したうえ「石橋主任に無断で」を、同裏九行目「怠つたとき)」の次に「、同第五一条第一項第六号(故意又は重大な過失により自己の権限外の行為をなし又は故なく業務に関する上長の指示に従わなかつたとき)」をそれぞれ加える。

(二)  原判決二七枚目表一〇行目の次に改行のうえ、左の部分を加える。

「以上の各認定事実によれば、右(一)ないし(三)の被控訴人の各所為が、それぞれ就業規則第五〇条第一項第一二号、第一五号、同第四号、第五号、同第四号、第六号、同第五一条第一項第六号に各該当するとした控訴人の判断は相当であり、これに対する各懲戒処分(前記①ないし③の各処分)も、いずれもその違反行為に相応した妥当な処分であつて、右各懲戒処分をもつて、懲戒権の濫用ないし不当労働行為と認めることはできない。」

3昭和四二年一〇月四日出勤停止一四日間の懲戒処分(前記④の処分)について

(一)  本件残業命令の経緯

(1) 被控訴人の属する製造部低周波製作課特性管理係が、ゲルマニウム・トランジスターの特性管理として品質の向上及び歩留(良品率)の向上を所管していること、被控訴人が、ゲルマニウム・トランジスターの特定品種である二SB三七〇及び二SB四四三について、不良品の解析とその結果に基づく所要の作業変更指示(コントロールポイント操作)をして歩留の向上を図りまた最終工程の選別工程における良品率である選別実績歩留を推定する業務を主に担当していたこと、右品種特に二SB三七〇の選別実績歩留の推定は、各製造工程に応じた焼付先行試作、封止先行試作の各歩留と既往の選別実績歩留を総合して行われること、昭和四二年七月以降二SB三七〇の選別実績歩留が低下したこと、武蔵工場では担当者の被控訴人の意見に基づいて焼付炉を同年八月四日、一八日、二八日の三回にわたり段階的に従前の一九号炉から二四号炉に切り替えたこと、右切り替え後の同年八月五日から九月六日までの間fα超特急の測定値が管理巾を外れる事態が生じたこと、被控訴人が同年八月四日から九月六日までの間に行つたコントロールポイントの操作は、焼付炉の温度変更一〇回、S処理濃度変更九回、エージング温度変更四回であること、同年八月二六日から九月一日までの間の選別実績歩留が、八月二六日七四、二八日七一、二九日七三、三〇日七三、三一日六九、九月一日六三各パーセントであつたこと、同年九月四日被控訴人が九月生産(検査完了日八月一七日から九月一四日までの分)の最終的な選別実績歩留の推定を七七パーセントと報告したこと、同年九月四日から六日までの選別実績歩留が、九月四日六七、五日六九、六日七五各パーセントであつたこと、被控訴人の上長である石橋主任が九月六日午後四時ころ被控訴人に対し、残業して歩留推定のやり直しをするように命じたこと、しかるに被控訴人は同日午後五時三〇分ころまで右石橋主任と話し合つたが、友人と約束があるからと言つて残業を拒否して帰つてしまつたこと、翌七日被控訴人が推定歩留を七四パーセントと算出してその対策を講じたこと(なお、原判決一一枚目表五行目及び同一五枚目裏三行目の「七三」をいずれも「七四」に訂正する、本件につき被控訴人は同年一〇月四日出勤停止一四日間の懲戒処分を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

なお、被控訴人は、控訴人の主張のうち「二SB三七〇の選別実績歩留低下の原因は、昭和四二年八月四日二SB三七〇の一部(一日につき二ロット)について焼付炉を従来の一九号炉から二四号炉に切り替えた時以降、被控訴人がしたフォローアップ・ケアの不充分、コントロールポイント操作の不完全にある。」とする部分は、従前、「右歩留の低下は同月二八日二SB三七〇全数について焼付炉を切り替えた後における被控訴人の当該行動に基因する。」との主張を変更するものであつて、右新たな主張は、当審において新たに提出された攻撃防禦方法であるから、民訴法一三九条により却下すべきである旨主張するが、本件記録上明らかな本件訴訟の経過に鑑みると、右攻撃防禦方法の提出に伴い特段に本件訴訟の完結を遅延させるものとは認められないから、被控訴人の右主張は採用しない。

(2) 前記争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(イ) 控訴人においては、トランジスターを生産する際、生産効率を高めるため、毎月の製品の選別実績歩留(良品率)を予想し(予想歩留)、これを基準に予算を組み、製造日数及び数量を見込んで着工し、右歩留の維持向上のため製造工程の各工程を管理する生産方式をとつていることから、被控訴人の属する製造部低周波製作課特性管理係において、右選別実績歩留の推定を誤ると、直ちに製造原価の増大、製品出荷の遅延を招来し、当初の生産計画の実現に支障をきたし、その結果控訴人は多大の損害を被ることになるおそれがある。

ところで、トランジスターの製造工程においては、特に焼付(アロイ)、組立、封止の各工程が重要であるところから、選別実績歩留を算出するには、まずその時点における既往の選別実績歩留とこれに対する焼付先行試作及び封止先行試作の各歩留を参考にしながら、現在各工程に流れている未完成品の焼付先行試作及び封止先行試作の各歩留の数値を算出し、これらを対比して総合判断のうえ、今後の選別実績歩留を推定する作業を行うことが必要となる。したがつて、信頼性の高い選別実績歩留を推定算出するためには、右焼付先行試作及び封止先行試作の各歩留の最新かつ正確な数値が常に要求されることになる。

(ロ) 被控訴人は、昭和四二年九月一日石橋主任から九月生産(検査完了日同年八月一七日から九月一四日までの分)の選別実績歩留の推定作業を行うよう指示されたが、当時被控訴人担当に係る二SB三七〇の七月以降の選別実績歩留が同年度上半期(四月から九月まで)の当初歩留予算の八一パーセントを大巾に下廻り、また、被控訴人の提言により焼付炉を一九号炉から二四号炉に切り替えた後の八月五日以降、fα超特急による周波数測定値が管理巾の上、下限をしばしば越えて注意信号を発する状況にあり、さらに、焼付先行試作による電気的特性の歩留も著しく低下していたうえ、最新の封止先行試作のデータが検査中未整理の状態にあつたのであるから、このような場合、被控訴人としては、早急に右データを整理し、不良品解析をするなどして最新の正確な歩留を算出するよう努力すべきであり、少くとも焼付先行試作の歩留のほか封止先行試作の歩留及び既往の選別実績歩留を参考にして選別実績歩留の推定をすべきであつたのにこれを怠り、単に焼付先行試作の歩留と手許のデータのみに基づいて九月生産の選別実績歩留を修正予算と同一値の七七パーセントと算出したうえ、その旨の歩留推定表を作成し、同月四日午後四時過ぎころこれを石橋主任に提出した。ところが、同月六日石橋主任は、九月の選別実績歩留が、被控訴人の算定した右推定値を下廻り、同月四、五日は六〇パーセント台を低迷し、同日になつてもやつと七五パーセントに達する状況にあることを発見したことから、同日午後四時三〇分ころ被控訴人に対し、右歩留推定表の数値の算出方法を問いただしたところ、被控訴人は、前記のような手抜き作業を行つたことを認めた。そこで、石橋主任は、被控訴人に対し、残業して原因の究明と歩留推定のやり直しを命じた。ところが、被控訴人は「残業はやらない。今日はもう帰る」とこれを拒否し、石橋主任の説得にもかかわらず、「そんな仕事をやるほど給料をもらつていない。日立は給料が安い。」などと反発して一時間ほど口論を続けたうえ、午後五時三〇分過ぎころ「今日は友人と会う約束があるから帰ります。」と重ねて残業を拒否したので、石橋主任はさらに説得したが、「今後残業は一切しない。仕事にも責任を持たない。今日はたとえ鎖につながれても帰る。」と言い捨てて帰つてしまつた。

(ハ) 翌七日被控訴人は、特性管理係企画員(チーフリーダー)の訴外小川公煕らの援助を受けて、現場からサンプルを抜き取つて推定歩留の算出を行い、同日午後九時まで残業し、選別実績歩留の推定値を七四パーセントと算定したうえ、その旨を石橋主任に報告した。

(ニ) 同年九月一一日被控訴人は、前記残業拒否の件で西村課長から事情聴取を受けたが、その際も「私にもプライベートなことがあるし、残業を命ぜられたからといつて必ずやるというわけにはいかない。残業は自分で判断してやつていく」などと主張し、同課長が残業を命ずるのは緊急の場合であるから従つてもらいたい旨説得しても、被控訴人は、残業には協力するが、上長に命ぜられても必ずしも従う必要はないとの態度を終始とり続けたため、同課長は、被控訴人に対し、当分仕事をしなくてもよいから席に戻つて十分反省するように命じた。その後被控訴人は、西村課長から反省書を提出するよう申し渡されたことから、数回にわたり反省書(甲第三号証の一ないし四)を提出したが、右反省書はいずれもその文面から真に反省している趣旨が認められないとして受理されなかつた。しかし、同月二九日被控訴人が提出した反省書(乙第八号証)は、その文面から一応反省の趣旨が窺われるうえ、被控訴人もこれ以上のものは書けないと申し立てたことから、控訴人は一応これを受理することにした。ただその際西村課長が被控訴人に残業についての考えを問いただしたところ、依然として従前の考え方を変えていなかつた。そこで、西村課長から相談を受けた湊勤労課長は、被控訴人に真意を確認したところ、被控訴人は「残業は労働者の権利であり、サービスである。」などと主張して、残業に対する従来の態度を改めることはなかつた。そのため控訴人は、組合の意向をもただしたうえ、一〇月四日被控訴人の前記行為が就業規則第五〇条第一項第四号、同第五一条第一項第六号(実働時間中許可なく職場を離れ又は甚しく自己の職責を怠る等業務怠慢の行為があつたとき。故意又は重大な過失により自己の権限外の行為をなし又は故なく業務に関する上長の指示に従わなかつたとき。)に該当するものとして、被控訴人に対し、出勤停止一四日間の懲戒処分を言い渡した。

以上の各事実を認めることができ、〈証拠判断略〉他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  本件残業命令の適法性

(1) 控訴人武蔵工場には、当時、業務上の都合によりやむを得ない場合には、組合との協定により一日八時間、一週間四八時間の実働時間を延長(早出、残業又は呼出)することがある旨の就業規則(乙第一号証、所員就業規則六条)が存在し、かつ、組合といわゆる三六協定(乙第九号証の一、二、協定2条)が締結されていたことは、当事者間に争いがない。

(2) 〈証拠〉によると、右三六協定は、控訴人、日立製作所労働組合総連合間で昭和四一年一〇月三一日締結された労働協約(乙第二号証労働協約三三条)に基づき控訴人武蔵工場と組合との間で昭和四二年一月二一日締結されたものであり、有効期間を同年九月三〇日までとし、時間外労働に関する条項の内容は、「会社は、(1)納期に完納しないと重大な支障を起すおそれのある場合、(2)賃金締切の切迫による賃金計算または棚卸し、検収、支払等に関する業務ならびにこれに関する業務、(3)配管、配線工事等のため所定時間内に作業することが困難な場合、(4)設備機械類の移動、設置、修理等のため作業を急ぐ場合、(5)生産目標達成のため必要のある場合、(6)業務の内容によりやむを得ない場合、(7)その他前各号に準ずる理由のある場合は、実働時間を延長することがある。この場合延長時間は月四〇時間を超えないものとする。但し緊急やむを得ない場合はさらに当月一ケ月分の超過予定時間を一括して予め協定する。」という趣旨のものであることが認められる。

このように当該労働協約及び就業規則において、業務上やむを得ない事由のある場合には、控訴人は従業員に時間外労働をさせることができる旨の定めがされ、かつ、いわゆる三六協定が締結されているときは、控訴人は、右三六協定所定のやむを得ない事由のある場合には、時間外労働を命ずることができ、当該従業員はこれに従い時間外労働を行う義務を負うものと解するのが相当である(なお、右三六協定は、延長すべき時間について、月間延べ時間とはいえ一応具体的に明示されているうえ、時間外労働を必要とする事由についても、右(1)ないし(4)の各項目は、それぞれ具体的事由が明示されているから特段不相当とはいえず、また、右(5)ないし(7)の各項目も、いささか概括的な規定内容ではあるけれども、前判示のような被控訴人の具体的な業務内容に徴すると、被控訴人に対し予測困難な残業の内容及び時間を一方的かつ無限定に課する結果となるものとは認められず、また、控訴人の企業経営上、製品の需給関係の変化に即応して生産計画を適正円滑に実施する必要性等を考慮するときは、右(5)ないし(7)の各項目のような規定方法によるもやむを得ないものであり、これをもつて控訴人に残業の内容を指定して時間外労働を命ずる権限を包括的に委ねるものであるというべく、右規定を不相当であるということはできない。)。

そして、前記(一)(2)(ロ)認定のとおり、本件残業命令当時、被控訴人担当に係る二SB三七〇の昭和五二年七月以降の選別実績歩留が同年度上半期の当初歩留予算は勿論九月生産の修正予算も大巾に下廻る数値を示す状況にあつたのであるから、そのままの状態で推移するときは、九月生産の当初計画の実現に支障をきたし、その結果控訴人に多大の損害をもたらすおそれがあつたのであるから、控訴人としては、昭和四二年度上半期の最終締切日の九月二〇日を控えて、早急に九月生産の正確な選別実績歩留の推定値を得て、これに基づいて改めて九月生産の予定必要量を確保するための善後策を講じる必要が生じるに至つたことは容易に推認されるところである。したがつて、ゲルマニウム・トランジスターの特性管理として品質の向上及び歩留(良品率)の向上を所管する被控訴人にとつて、その原因を究明し、歩留算定の正確性について早急に再検討すべきことは当然のことであり、特に当時被控訴人が算定した選別実績歩留の推定値よりも実績歩留の数値が下廻つた結果が生じていたのであるから、その是正措置を緊急に講じる必要性があつたことは明らかである。したがつて、直属上長の石橋主任が被控訴人に対し、右歩留算定のやり直しのため、本件残業命令を発したことは、前記三六協定の(6)の「業務の内容によりやむを得ない場合」に該当するとともに同協定の(5)、(7)にそれぞれ該当するものとして正当な理由があるということができる。

してみると、石橋主任の被控訴人に対する本件残業命令は適法なものというべく、これにより被控訴人には残業義務が生じたものと解するのが相当である。

(3) 以上の認定事実によれば、被控訴人が本件残業命令を拒否した所為が、就業規則第五一条第一項第六号の「故なく業務に関する上長の指示に従わなかつたとき」に該当するとした控訴人の判断は相当であり、これに対する本件懲戒処分(前記④の処分)も、その違反行為に相応した妥当な処分であつて、右懲戒処分をもつて、懲戒権の濫用ないし不当労働行為と認めることはできない。

4本件懲戒解雇処分について

(一) 控訴人が、昭和四二年一〇月四日前記3の出勤停止一四日間の懲戒処分(前記④の処分)を申し渡した際、被控訴人に対し、右出勤停止期間中によく反省し、再び出勤する際には就業規則第四九条第三号に基づき始末書を提出するよう命じたこと、被控訴人は、同月一九日湊勤労課長らに呼ばれて始末書の提出を求められたが、「就業規則に違反しているとは思つていない」と主張し、退場を命ぜられたこと、被控訴人は、翌二〇日始末書を提出したが受理されず(なお、原判決一二枚目表八行目の「あつたので」の次に「受理されず」を加える)、同日も退場を命ぜられたこと、同月二三日再び始末書の提出を求められるとともに、同日付で休業を命ぜられ、退場させられたこと、被控訴人は組合からも再三にわたり始末書を書くように説得されたが、これに応じなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被控訴人は、前記出勤停止処分終了後の一〇月一九日出勤した際、阿部製造部長、西村低周波製作課長、湊勤労課長、岡崎労務主任らに呼び出されて、前記始末書の提出を求められたが、「この前西村課長に提出した反省書以上には書けない。残業は労働者の権利であり、就業規則に違反した覚えはないから、始末書を出す意思はない。」旨主張して、これに応ずる態度を示さなかつた。そこで湊課長は、「明日まで最後のチャンスを与えるので書いてきなさい。」などと説得し、さらに西村課長は、「明日もう一度尋ねるからよく考えてきなさい。もう今日は職場に入らないで帰りなさい。」と言つて、被控訴人に反省を求めるとともに退場を命じた。しかし、被控訴人は、「あんた達では話にならない。工場長に会わせてほしい。」と言い張つて、右退場命令に応じなかつたため、やむを得ず警備員を呼んだところ、警備員に付添われながらも自ら退場した。

(2) 翌二〇日、被控訴人は、再び前記阿部部長ら四名に呼び出されて、始末書の提出を求められた際、始末書(前掲甲第四号証の一)を持参した。しかし、右始末書は、九月六日の残業に応じなかつた事実を認めたうえ、従来の態度を改め今後残業に協力し、誠意をもつて仕事をするよう努力する旨の記載内容になつていたものの、右始末書を提出する際、「就業規則に違反しているとは思わないし、残業は労働者の権利だという考えも変らないけれども、就労したいので始末書を書いてきた。」旨申し添えるなど、被控訴人の本件残業命令拒否についての考え方は、基本的には前日と同様であつて、本件残業命令を拒否したことが就業規則違反であることを認め、今後就業規則を順守して残業拒否をしない旨の態度を真実示すものではなかつた。そこで阿部部長は、「反省している始末書とは思えないので、会社は受取ることはできない。」として、これを受理しなかつた。その際西村、湊両課長らは、こもごも被控訴人に対し、帰宅のうえ再度反省することを求めるとともに二回にわたり退場を命じた。しかし、被控訴人は、「工場長に会いたい。会わせなければ、てこでも動かない。」旨言い張つて、右退場命令に応じなかつたため、前回同様やむを得ず警備員を呼んだところ、警備員に付添われながらも自ら退場した。

(3) 同月二三日、被控訴人は、さらに前記阿部部長ら四名に呼び出されて、改めて始末書の提出を求められた際、依然として従来の態度を改めないばかりか、「処分は不当であるから承認できない。就業規則は会社の都合の良いようにできているから守る気はない。首を切るなら切つてもらいたい。私には多くの労働者がついている。」などと挑発的な発言をするに至つた。そこで湊課長らは、被控訴人の説得を断念したうえ、被控訴人に対し、就業規則第五二条により懲戒処分の決定まで休業を命じ、おつて連絡するまで寮で待機するよう指示するとともに退場を命じた。しかし、被控訴人は、右退場命令に応じなかつたため、やむを得ず警備員が両腕を取つて門外へ連れ出した。

(4) 控訴人は、組合に対し、被控訴人との右交渉経緯をその都度説明して、その善後策について折衝していたが、同月二七日、改めて本件に関する組合の意向を聴取したところ、その頃組合からも、本人を説得したが、これに応じてくれないので、処分もやむを得ない旨の回答があつた。そこで同月三〇日、控訴人は被控訴人に対し、本件懲戒解雇の意思表示を行つた。

以上の各事実が認められ、〈証拠判断略〉他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  右認定事実のとおり、控訴人は、前記3の出勤停止処分後、被控訴人に対し、再三にわたり本件残業命令拒否についての始末書の提出を求め、反省を促したにもかかわらず、被控訴人は、一〇月二〇日形式的に始末書(前掲甲第四号証の一)を持参したに止まり、あくまで残業命令に従う義務はないとの従来の考え方を変えず、本件残業命令拒否が就業規則に違反するものとは考えないという態度をとり続けたため、控訴人としては、被控訴人には反省の態度が認められず、もはや悔悟の見込みがないものとして、前記①ないし④の各懲戒処分と相まつて、これをもつて就業規則第五一条第一項第一二号所定の「しばしば懲戒、訓戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込みのないとき」に該当するものと判断して、本件懲戒解雇処分をしたものということができる。

してみると、控訴人が、被控訴人について、就業規則第五一条第一項第一二号に該当する解雇事由があるとした判断は相当であり、本件懲戒解雇は、正当な理由があり、その違反行為に相応して妥当な処分というべきである。

三つぎに、再抗弁について判断する。

1解雇権の濫用について

本件懲戒解雇の理由とされた前記①ないし④の各懲戒処分自体について、いずれも懲戒権の濫用を肯認すべき事情の認められないことは、すでに判示したところである。また、本件懲戒解雇処分についても、控訴人が、就業規則に基づいて、企業秩序を維持確保するため、使用者に許容されている懲戒処分についての裁量権に基づいて行つた秩序罰であるところ、本件全証拠によるも、本件懲戒解雇が、客観的にみて右裁量権の範囲を著しく逸脱し、懲戒権の濫用として許されてないものとすべき事情は認められない。したがつて、被控訴人の右主張は採用しない。

2本件解雇処分は不当労働行為、民法第九〇条に該当し無効であるとの主張について

被控訴人が昭和三五年七月一日組合に加入し、同三六年七月職場委員に選出されたこと、昭和四〇年九月、一〇月及び同四一年八月に訴外向坂弘時、矢吹(旧姓遠藤)よし子、岡崎義和の三名がいずれも解雇されたこと、被控訴人が前記④の処分による出勤停止期間中の昭和四二年一〇月五日、右向坂、矢吹らの地位保全仮処分事件において証人として出廷したことは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、本件懲戒解雇処分の経緯は、前記二においてすでに認定判示したとおりであつて、右処分の経緯に徴するときは、本件懲戒解雇処分において控訴人に不当労働行為意思があつたものとは認められず、かつ、本件全証拠を検討するも、本件懲戒解雇処分が、被控訴人主張のような不当労働行為又は、民法第九〇条に該当するものと断定することはできない。したがつて、被控訴人の右主張は採用できない。

以上の次第で、被控訴人の本訴請求(当審における拡張部分を含む)は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

四よつて、被控訴人の本訴請求(当審における拡張部分を含む)は、全部失当としてこれを棄却すべきであり、これと一部趣旨を異にする原判決は失当であるから、原判決中控訴人敗訴部分を取り消すこととし、本件附帯控訴(当審における請求拡張部分を含む)は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中島 恒 裁判官佐藤 繁 裁判官塩谷 雄)

図表1

工程

試作

個数・頻度

焼付日より

の日数

焼付

fα超特急

2回/日・20~25ケ/回

一日

(アロイ)

焼付先行試作

2回/日・20ケ/回

二日

組立封止

封止先行試作

3~4ロット/日・50ケ/ロット

七~一〇日

(注)焼付先行試作とは、焼付の終つた製品の本体から一部抜き取り、これを特別に先行させて製造工程に流して二日で封止完了の段階までもつていき、電気的特性を測定する作業であり、fα超特急はこれを特に早めて行い組立完了の段階までもつていき、周波数について測定する作業である。封止先行試作は焼付、組立を経て、封止の終了した製品から一部抜き取り、電気的特性を測定する作業である。

図表2

工程

主たるコントロールポイント

焼付

(アロイ)

①焼付炉の設定温度

②焼付炉内の雰囲気

③使用部品材料精度

組立

①エッチング電流

②S処理濃度

封止

①MS乾燥温度

②エージング温度

選別

測定器精度

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